一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

植物油サロン

食に経験や造詣が深い著名人、食に係わるプロフェッショナル、植物油業界関係者などの方々に、自らの経験や体験をベースに、
食事、食材、健康、栄養、そして植物油にまつわるさまざまな思い出や持論を自由に語っていただきます。

第14回 江戸より320年、連綿と歴史を紡ぐ大阪最古の油問屋の誇りと倫理
株式会社マルキチ 取締役会長 木村 治愛さん

江戸時代から現代まで、油を通して激動の時代の流れを見つめてきたマルキチ

株式会社マルキチ 取締役会長 木村 治愛さん

マルキチは元禄2(1689)年、大阪で油屋として創業しました。当時、幕府は油の流通を制限しており、原料の菜種はすべて大阪とその周辺へ集め、定められた業者にのみ製油を許可していました。問屋と搾油業を兼ねる油屋が絞った油は“江戸積み”“東下り”として関東へ送られたのです。明暦3(1657)年の記録によれば油の価格は米の10倍、酒の2倍ですから非常に高価だったのですね。油業で賑わう大阪には地方から一旗上げようとやって来る者が多く、マルキチの創業家も高松の出身でした。

初代の丸屋吉兵衛は灯明油、薬種、蝋などを商い、やがて鬢付け油や食用油なども扱い始めました。ところが明治維新の断髪令により鬢付け油の需要が激減。さらに石油の普及で灯明油の需要も減ってしまいます。「さて廃業か」という時期もあったようですが、大正5年には木村製油所を設立。ごま油やひまし油の搾油を開始しました。

さらに昭和に入ると第二次世界大戦が始まります。油脂も完全に統制されて原料の入手が困難となったうえ、工場の機械も供出せねばならず、家業は開店休業状態に。そして昭和20年3月13日の大阪大空襲で建物や機械などすべてを焼失してしまったのです。しかし終戦を迎えると統制は撤廃。さらにアメリカ的な食生活が広まって油脂の摂取が奨励され、油の需要は飛躍的に伸びました。この時期にマルキチも問屋業で拡大し、油脂のほかにマヨネーズやドレッシングなども扱うようになったのです。

さて大学卒業後約10年間、会社員生活を送った私がマルキチに入社したのは昭和41年のことです。時は経済成長の真っ只中。スーパーマーケットの急成長につれ、家庭用油の販売形態はそれまでの斗缶の量り売りから一升瓶へ、さらに小缶や小瓶へと変わっていきました。それが食品ルートに乗ることによって油問屋と食品問屋との競合が起き、値引き競争が激化したこの頃は油問屋の受難の時代であったと言えるでしょう。こうしたことからマルキチでは昭和50年頃、家庭用の油からほぼ完全撤退し、業務用に特化。油脂のほかに加工食品や冷凍食品なども扱い始めて、現在に至ります。

ご法度を守り、質素にし、訴訟や借金、道楽は無用。この家訓がマルキチの心

このように油を通して時代を見つめながら歩んできたマルキチは創業320年。私は商店当主として12代目にあたり、現在は13代目が社長を継いでいます。今では大阪最古の油屋となりましたが、ここまで続いてこられたのは家訓を守ってきたおかげかもしれません。この家訓は文政11(1828)年に4代目と5代目が記したもの。たとえば幕府のご法度を大切に守ることや、本家や分家、親類みな仲よくして裁判や訴訟は決して起こさないことを説き、借金をして仕入れすることや投機を禁じています。

また家の普請も贅沢せず質素にすべきことや、読み書き算盤が大事で道楽は無用であることも記しています。道楽無用とは江戸時代に人気だった芝居見物などを戒めているのでしょうね。そして最も大切な教えは「本家の当主が相続人としてふさわしくない場合は、その者の名義を除き、適当な者に後を譲るように」ということです。この家訓があったがゆえに当家は大儲けせずとも倒れることなく続いてきたのでしょう。

昨今の食の不祥事を見るにつけ、こうした浪花商人の倫理が薄れてきたことを感じます。最近は食品業界で「安心・安全」が唱えられますが、私から見れば「当たり前の話や。何言っとんねん!」ですよ(笑)。以前は堅実で誠実な商売をしていた店がビジネスチャンスの名の下に、大量販売に対応するため無理をする、つい引きずられる。そこで偽装などが起こる。経営が苦しいからではなく、「もっと儲けたろ」という気持ちから生まれる不祥事です。今の時代、商人にはより強い倫理観が必要だと思います。

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スポーツを楽しみながら体重制限、食生活は塩分控えめ。これが私の健康法

また最近は健康ブームが誤った方へ進んでいるのか、食生活で油が悪者にされがちなのも気になります。確かに油の摂りすぎには注意すべきですが、油脂は不可欠な栄養素の一つ。

しかも動物性と植物性の油の区別をせず、日本古来の健康的な植物油まで控えよという風潮は残念です。また油は料理の味を高める有利な原材料。ソテーやフライなど油を使った料理は、素材をおいしくしてくれますね。私も体重を落とそうと思い、油ものを減らそうとしたことがあります。するとランチを食べるにも、油を使わない料理はどうもおいしくないし、値段も高くつく。だからすぐにやめました(笑)。

最近はヨットや水泳といった趣味のスポーツを楽しみながら無理なく体重を減らし、健康を保つように努めています。食生活で注意するのは、塩分を控えることくらいですね。珍味やにんにく、レバーなど何でも好きで食べますよ。もちろん油も適度に摂ります。我が家の食卓によく上る料理は天ぷら。油屋だからというわけではありませんが、「メニューに困ったら天ぷら」と言うほど、家族みんな天ぷらが大好きなんですよ。

プロフィール 木村治愛

木村 治愛(きむら はるよし)

元禄2(1689)年創業の油問屋、マルキチの12代目であり、現会長。

大学卒業後、日本触媒化学工業に就職。昭和41年、マルキチ入社。
油脂のほか食品や洗剤へ事業を拡大し、さらにスイミングスクールなどを経営するマルキチを率いてきた。

水泳やノルディックウォーキングなどスポーツ万能で、ヨットのレーザー協会会長も務める。

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