一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

練の技に学ぶ、植物油の生かし方 職人の知恵袋

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「植物油っていろいろあるけれど、使い方がもう一つ分からなくって・・・。」
「あのお店の天ぷらは美味しいけど、家庭であの味を出すのは無理よね・・・。」
「油をもっと上手に使うコツってあるのかしら・・・。」どなたでも、こんな疑問をお持ちではないでしょうか?
確かに、油の使い方は調理方法や素材によって千差万別。お料理の本でも丁寧に解説しているものは少ないように思います。
このコーナーでは、「和・洋・中」の料理の達人に「植物油の上手な使い方、生かし方」をお聞きし、皆様の疑問やお悩みにお答えいたします。
食通をうならせる熟練の技を持つ達人たちの「逸品」。その隠された創意工夫の一端を知るだけで、いつもの料理が得意料理に変身するかもしれません。
そして、変身したお味にご家族のみなさんも大満足!さあ!達人の知恵を知り、四季を通じて「植物油を生かした美味しい料理」をお楽しみ下さい。

第4回 イタリアンと日本の食材の見事な融合
オリーブオイルとは、イタリアンにおける調味料
「イタリアンの本質である、生命力あふれる旬の素材を使うように心がけています」と語る日髙シェフ。

東京・広尾の「アクアパッツァ」は、日本国内の食材を中心に四季折々の季節を感じる野菜や魚介を使ったイタリアンが楽しめるリストランテ。オーナーシェフである日髙良実さんのこだわりは、旬な素材をシンプルに調理すること。毎朝漁港から直送される新鮮な魚介をはじめ、季節ごとの最高の味覚がゲストを待ち受けています。

「イタリアンは、フレンチのようにソースを組み合わせて作るというよりは、素材を生かして感覚的に調理する料理。それが自分には合っていたのかも知れません」と日髙シェフ。

かつてイタリアの北から南まで計14の店舗で修業し“イタリア料理の魅力は郷土料理にあり”と実感。マンマの家庭料理をベースとして、日本の食材を生かしたオリジナリティ溢れるイタリアンにこだわってこられました。 その美味しさの極意はどこにあるのでしょうか?

イタリア・ピエモンテ州の郷土料理「バーニャカウダ」は、にんにくとアンチョビ、オリーブオイルを煮立てて作る。スティック状にした温野菜や生野菜をディップして食べるのが代表的だが、パンや魚介類、パスタに絡めても美味しい。

「それはもう、頭から入るんじゃなくて作り続けることですね。毎日料理をしているご家庭の主婦の方って、残った材料をパパッと集めて料理するのが上手じゃないですか?ところが、外国の料理になると、途端に本を見ながら作ったり、あるいはいろいろ材料を買い揃えてみたりしますよね。そうではなくて、普通に家庭にあるものを自分でアレンジして作れるようになったら本物だと思います。たとえば昆布やワカメがあるだけでもパスタって出来てしまうんですよ。胡麻油を使っても出来てしまう。もっと自分のオリジナリティを出していくというか、野菜炒めを作るような感覚で気軽にチャレンジして欲しいですよね」

次に美味しいイタリアンを作るのに欠かせないものとは何なのかを伺ってみました。

「やっぱりオリーブオイルと塩でしょうかね。とくにオリーブオイルというのは油ではあるんですけど、同時にイタリアンのテイストを決める調味料でもある。イタリア料理とはいろんな調味料を加えてスパイシーに仕上げる料理ではないんです。基本的には塩と油だけ。魚なんて本来は塩だけで美味しいわけですから」

それではイタリアンの決め手となるオリーブオイルはどのように選択していけばよいのでしょうか?

「まずはリーズナブルなものを使いこなしてみて、身体で覚える、舌で感じることが大切。香りや好き嫌いをあれこれ試していただいて、どの国のどの地方でとれたオイルがベストなのか、これさえあればという“マイオイル”を探しあてることです。その上で高級なオイルにチャレンジしても遅くはない。あらゆるレシピに使える“マイ・オリーブオイル”を探しあてることがイタリアンを身近なものとすることに繋がっていくと思います」

牡蠣とルッコラのパスタ。牡蠣は小麦粉をまぶしオリーブオイルで濃度をアップし、パスタが絡みやすいような工夫が施されている。

そして身近なイタリアンと言えばパスタ。その美味しい茹で方についても伺ってみました。

「そのコツは、まずたっぷりのお湯。なんとパスタの重さの10倍以上の量で茹でます。2人分のパスタ160グラムを茹でるには、1.6リットル以上が必要です。塩はちょっと多いなと思うくらい、お湯の1%の量を目安に入れます。塩にはパスタに下味をつけ、コシをだす役割がありますから。そして重要なのは茹で時間です。パスタを茹で上げてソースとからめ、テーブルへ出すところまでを茹で時間としてとらえ、パスタのパッケージに表示してある茹で時間の目安よりも、実際は1~2分短めに茹でるのです。またパスタを食べて固さを確かめてからザルに上げることも大切。食べてみて、ちょっと固めかな、と思うくらいで茹で上げると、調理しているうちにちょうどいいアルデンテになりますよ」

代表作は“色気のある料理”

ジューという音とともに、魚の焼けた香ばしい匂いと、オリーブオイルの香りの湯気が立ち込め・・・。目前には日髙シェフがイタリアでの修行時代に感銘を受け、店名として採用された「アクアパッツァ」が供されてきました。

「この料理にイタリアで出会った20年ほど前は、日本ではまったく知られていませんでした。 また当時は、お決まりのメニューを出さなければイタリア料理じゃないという風潮がありました。だからあえてお決まりのメニューではなく、南イタリアの地方料理のひとつである『アクアパッツァ』を店名にしたのです」。

かつてナポリ南部にあるレストラン「ドン・アルフォンソ」で厨房に通され、日髙シェフはフライパンでダイナミックに調理される丸ごと一匹の魚を目の当たりにして心を揺さぶられたとのこと。イタリア語で“風変りな水”という料理名は、水で煮込んだだけなのに驚くほど美味しいという事実から名付けられたそうです。

「余分な調味料は一切使わず、味を構成するのは新鮮な魚のうま味とオリーブオイルだけ。海水で調理する猟師の料理が原点ですから、醤油が主体の和の技法に比べると、よりストレートに魚介のうま味が感じられると思います。魚の骨から抽出されるうま味、アサリのコク、自家製ドライトマトの甘み、ケイパー(※風鳥草のつぼみのピクルス)の酸味のアクセントが渾然一体となって味わい深く仕上がります。どれもエネルギーにあふれた食材ばかりですよね」

メインとなる魚は、真鯛、カサゴ、イサキなど、旬なものを選りすぐって提供されており、今回いただいた魚はホウボウ。オリーブオイルと魚介類のエキスが同化してトロッとなった出汁の香りが漂い、やわらかい魚の身を口に入れると、この出汁が染み出てきます。

「ご家庭でもぜひお試しいただきたいですね。始めに魚を香ばしく焼く時と、具材を全て入れ込んだあとに魚に回しかけながら中まで火を通す時にオリーブオイルを使っています。オリーブオイルを入れることで沸点が上がり、フライパンの中が高温になって魚が香ばしく仕上がります。高価なエキストラ・ヴァージン・オリーブオイルは、最後の仕上げにだけ活用しています。オリーブオイルで魚が艶々と輝いていることもあって、出会った時、きれいな料理というか、色っぽい料理だなと感じました。これを日本に持って帰って、日本人ならではのイタリア料理を作りたいという強い思いが独自のイタリアンを確立する元となり、私の代表作に仕上がったと考えています」

料理にスローライフのメッセージを込めて

日髙シェフが新しいお店の出店を検討される際に重要なポイントは、近くに良い野菜の生産地があるかどうかとのこと。どんな土壌で、どのように作られているのか、地産地消の考え方がお店づくりに生かされているのです。

「どのジャンルのシェフも話されることだとは思いますが、料理は素材のうま味をいかに引き出すかが大事。イタリア料理は調理法がシンプルなものが多いので、素材自体の持つ力がとても大切です。でもそういうシンプルな料理だからこそ、日本の家庭料理にはぴったりだと思います」

吹き抜けの中庭から柔らかく降り注ぐ光が印象的な店内。

日本人である私たちにとって、日本の食材は四季の移ろいを気づかせ、心を豊かにさせてくれる栄養素。日髙シェフはイタリアの自由な料理スタイルに日本の食材を融合させることにより、活き活きとした料理を表現することができると考えておられます。

「その土地で獲れたものがいちばん美味しい、という考え方を大事にしていますね。南イタリアでミラノ料理は食べたくないし、ミラノでシチリア料理は食べたくないでしょう?そう考えると東京ではどうなのか、ということです。もちろん東京でミラノの食材を使うことも不可能ではないですけど、日本国内というのはとても流通が発達していますから、東京では全国の食材を使うことができます。そして全国には魚にしても野菜にしても、探せば良い食材がいっぱいあるんですよ」

じつは日髙シェフがイタリアで一番影響を受けたのは、食事を楽しむ姿勢。食べることを楽しむということだそうです。

「我々が子供の頃というのは、食事中にペラペラとしゃべるな、食事は黙って食べなさいと教育されてきたのですが、イタリアでは違います。食事中は会話を楽しむ、それもワーワーと盛り上がるように楽しんで食べているんです。食べ方の楽しみ方ということをイタリアで感じてきました」

食べることにもっと興味を持ち、好きになり、感動し、工夫すること。そして食材に関して感性を持って接すること・・・。こうした積み重ねこそが料理を上達させていくと日髙シェフ。そこには、忙しさの中にも食べることの大切さ、ひいては生きる豊かさを失わずにいようというスローライフのメッセージが込められています。

「イタリア料理には多様性があり、飽きることがない。それでいて奥深いといいますか、洗練された魅力があります。毎日食べても飽きることなく、植物油のチカラもあって、確実にエネルギー源になる。日常の料理でありながら、これほど洗練されている料理は少ないのではないでしょうか」

日本でイタリア料理を作ることをイタリア人に比べて不利な条件としてではなく、日本の食材を使ってオリジナリティを発揮する良い機会ととらえている日髙シェフ。その鋭くかつ温かみのある眼差しは、現状に満足することなく更なる境地を切り開いていかれることを予感させるものでした。

日髙良実さん プロフィール 東京・広尾『アクアパッツァ』日髙良実さん

1957年10月4日生まれ(52歳)
兵庫県神戸市生まれ。神戸ポートピアホテルの「アラン・シャペル」に入り、フランス料理を学んだ後にイタリア料理に転向。1986年に渡伊し、「エノテーカ・ピンキオーリ」、「ダル・ペスカトーレ」などで修行を積む。1989年に帰国し、東京・乃木坂の「リストランテ山崎」料理長を経て、1990年、東京・西麻布「アクアパッツァ」料理長に就任。
現在、2001年に広尾に移転した「アクアパッツァ」&「アクアヴィーノ」、そして「アクアマーレ」(横須賀)の3店の料理を指揮。素朴で力強いイタリア郷土料理の魅力を打ち出しながら、都会的な洗練スタイルに仕立てた「クチーナ・トキオネーゼ(※東京地方のイタリア料理)」を確立。日本のイタリアンを代表するシェフとして、国内外でゆるぎない評価を得ている。