一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

植物油と栄養

3.脂肪酸のはたらき

(3)脂肪酸のはたらき

 脂肪酸のはたらきは、疫学調査、介入研究、動物実験などにより明らかにされてきました。ここでは、これらの積み重ねにより「多くの栄養学者から支持され、現実の食生活において妥当」とされている事項を紹介いたします。同時に、食品は薬剤ではないので、即時的な効果を期待できるものではないことも念頭に置かねばなりません。また、脂肪酸の摂取不足による欠乏症も気になりますが、現在の脂質の摂取量からみて、欠乏症の心配をする必要はないものと考えられます。

① 必須脂肪酸
 脂肪酸は、人体を健常に維持するうえで必須の物質ですが、特に、人間の体内で合成することができないため、食事によって摂取しなければならない脂肪酸(リノール酸、α-リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸)を必須脂肪酸と称しています。EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)は体内においてα-リノレン酸の代謝により合成されることが分かっていますが、十分な量の合成が行われることが難しいため、これらも必須脂肪酸として食事から摂取することが好ましいとされています。

② 飽和脂肪酸
 飽和脂肪酸は、健康に悪影響を及ぼす脂肪酸とのイメージをお持ちの方が多いかもしれません。飽和脂肪酸は動物性脂肪に多く含まれます。また、動物性脂肪はコレステロールを多く含むことから、コレステロール摂取を抑制するためには動物性脂肪の摂取を控えることが好ましいとされたことが混同されて、飽和脂肪酸に対する好ましくないイメージを定着させたようです。
植物油に含まれる飽和脂肪酸については、次のように評価されています。

ミリスチン酸、パルミチン酸 :コレステロールを上昇させる。動脈硬化を促進させる。
ステアリン酸 :コレステロールの変化には中立的

過小摂取が続く場合、脳出血の罹患率が高まるなど生活習慣病のリスクが高くなる可能性がある

 コレステロール変動に対する作用については、LDL(いわゆる悪玉コレステロール)を上昇させるとともに、HDL(いわゆる善玉コレステロール)をも上昇させるはたらきがあります。したがって、HDLとLDLの好ましい比率を保つうえでは重要な脂肪酸であることが認識されています。LDL上昇などの悪影響は過剰摂取により生じると考えられますが、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、「循環器疾患の発症及び死亡に直結する影響は十分ではないものの、その重要な危険因子の一つである血中総コレステロール及びLDL コレステロールへの影響は成人、小児ともに明らかであり、目標量を設定すべきであると考えられる。しかしながら、両者の間に明確な閾値の存在を示した研究は乏しく、飽和脂肪酸摂取量をどの程度に留めるのが好ましいかを決める科学的根拠は十分ではない。」としています。

 なお、最近の研究では、飽和脂肪酸の摂取と冠動脈心疾患、脳卒中あるいは循環器疾患の発症のいずれの間にも相関性はないという説も登場してきました。他の脂肪酸にも当てはまることですが、疾病の原因を単一の食事成分に求めることには意味がないということかもしれません。

③ 一価不飽和脂肪酸 オレイン酸
 オリーブ油が健康に良いとする根拠の一つがオレイン酸です。地中海地域の人々が、食物をたっぷり食べ、ワインを多飲するにもかかわらず冠状動脈性心疾患の発症が少なく、健康が維持されているのはオリーブ油の効果であり、したがって、多く含まれているオレイン酸の効果であるという説です。そして、オレイン酸のコレステロール挙動に関して、LDLだけを下げ、HDLは下げないとの選択制のあることが示されたことによりオレイン酸の健康に対する有効性が強く主張され、オリーブ油は健康に良い効果を持つとの説が確立された感があります。
現在では、オレイン酸について次のように評価が一般的です。

コレステロール :LDLを増加させず、HDLを減少させない
 (コレステロール降下作用は多価不飽和脂肪酸より弱い)

多量の摂取は冠動脈疾患のリスクになることが示唆されており、過剰摂取に注意
酸化に対する安定性があり、体内における過酸化物の発生が抑えられる

 オレイン酸のコレステロール降下に対する選択的な効果については、いまでは、LDLだけを下げるというよりLDLを上昇させない穏やかな脂肪酸と考えるべきであるという方向に変わりつつあり、「日本人の食維持摂取基準(2010年版)」以降その立場に立っており、2020年版においても、「一価不飽和脂肪酸が主な生活習慣病の予防にどのように、そしてどの程度寄与し得るか(又はリスクになるか)はまだ明らかではないと考え、一価不飽和脂肪酸の目標量は設定しなかった。」としています。また、LDL降下に対する効果については、オレイン酸だけの単独効果ではなく、次に述べるリノール酸と併せて摂取することで効果が高まるという見解が有力になりました。また、体内における酸化安定性が高いという性質から、一定量をきちんと摂取することが望ましい脂肪酸であると言えるでしょう。
なお、地中海料理の有効性については、オリーブ油のみによるものではなく、新鮮な魚介類や野菜をオリーブ油、ニンニク、トウガラシなどで調理することによる相乗的効果であると理解することが適切と考えられます。

④ 多価不飽和脂肪酸(n-6系脂肪酸)
 n-6系脂肪酸は、リノール酸のほか γ-リノレン酸などがありますが、日本人が摂取するn-6系脂肪酸のほとんどはリノール酸です。リノール酸に対する評価は時代により大きく変化しました。日本人は、脂質異常症や糖尿病の罹患が多いという民族的特質があり、その要因の一つとなるコレステロールを健常に保つことは重要な課題となっています。このため、コレステロール降下作用の強いリノール酸摂取の必要性が強く主張された時期がありました。しかし、リノール酸の大量摂取は善玉コレステロールをも低下させること、リノール酸の代謝物であるアラキドン酸が炎症を引き起こすエイコサノイドを産生し、がんを発生に結びつく可能性があるという観察や動物実験結果が登場し、リノール酸の評価を低下させることとなりました。
現在では、リノール酸について次のように評価されています。

必須脂肪酸である
リノール酸摂取が冠動脈疾患を予防する可能性が期待される。
大量に摂取すると炎症等の発生の要因になる懸念がある
摂取不足による皮膚障害

 ただ、上記のリノール酸に対する批判は、α-リノレン酸やオレイン酸の効果を強調するために登場してきた面があります。リノール酸に対する否定的な評価の多くは実験動物に大量に給餌した場合に見られる現象で、例えば、炎症を引き起こすエイコサノイドの発現は、重量で12%以上のリノール酸を与えた場合であるとされています。しかし、同時に抗炎症性物質も産生することで、両方の作用が拮抗することも観察されています。現実の日本人のリノール酸摂取は、エネルギー比で6~7%程度ですから、大量摂取には程遠く、炎症を引き起こす物質の産生を懸念する必要はない状態にあります。
 また、発がんとの関係について「日本人の食事摂取基準(2010年版)」では、「リノール酸摂取量の増加は、がんのリスクを増加させるのではないかとの危惧があったが、メタ・アナリシスで、少なくとも乳がん、大腸がん、前立腺がんの発症とは関連していないことが示されている。」とリノール酸とがん発症との関係を否定的に記述されており、2020年版では、その後の検証評価によりがんとの関連についての記述がなくなっています。
 体内で合成できない必須脂肪酸ですから、適正な量を摂取していれば健康に支障が生じるものではないことを理解することが大切です。

⑤ 多価不飽和脂肪酸(n-3系脂肪酸)
 n-3系脂肪酸も必須脂肪酸であり、代表格のα-リノレン酸のほか魚油に豊富に含まれるEPAとDHAがよく知られています。n-3系脂肪酸は、次のように評価されています。

必須脂肪酸である

α-リノレン酸 :動脈硬化予防、血清脂質の改善、免疫応答の改善、抗炎症作用
EPA :血栓予防、血清中性脂肪の低下、抗炎症作用
DHA :脳神経機能向上、抗炎症作用

不飽和度が高く、過酸化物を発生しやすい

 日本人の場合、n-3系脂肪酸は主としてEPA,DHAが魚から摂取されており、植物油では大豆油、菜種油にα-リノレン酸が含まれています。このほか、あまに油、しそ油(えごま油)にはα-リノレン酸が豊富に含まれますが、3個の二重結合を含むことから酸化しやすく、加熱調理に向かないことや長期保存に耐えないなど利用が難しいことが難点です。「日本人の食事摂取基準(2010年版)」では、欠乏症(皮膚炎の発症など)を避けるため一定量の摂取が必要であることが強調されていますが、大量に摂取すれば効果も高まるという根拠はないことから、それ以上摂取することについては記述されておらず、2020年版でも変わっていません。DHAは「頭がよくなる」脂肪酸という説が展開されたこともありますが、不足の場合には記憶力低下などの支障が生じるものの、大量に摂取しても効果が高まるものではありません。

⑥ バランスのとれた脂肪酸の摂取
 脂肪酸の特徴を述べてきましたが、すべての植物油はいずれかの脂肪酸単体でできているわけではなく、様々な脂肪酸が含まれ、それぞれが協調して相乗的効果を発揮していると考えられます。飽和脂肪酸、リノール酸、オレイン酸、α-リノレン酸だけを単独に摂取することはできませんので、これらの脂肪酸をバランスよく摂取することで効果が上がり、同時にそれぞれの欠陥を補っていると考えるべきでしょう。また、植物油は調理のための食材ですから、植物油だけが過剰あるいは過小摂取になる食生活が存在するわけではなく、どのような料理を食べるか、あるいは、調理の仕方によって摂取量が変化します。「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、それぞれの脂肪酸の好ましい摂取量が示されていますので、それを表6にお示しします。

表6 脂肪酸の好ましい摂取量
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資料厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」

注:目安量とは、「特定の集団において不足状態を示す人がほとんどいない量」としており、推奨するべき摂取量が科学的根拠の不足から示せないために示されたもので、1日当たり摂取量で示されている。目標量とは、「生活習慣病予防のため、当面の目標とするべき量」で、1日の総摂取カロリーに占める比率で示されている。

資料厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2010年版)」

注:目安量とは、「特定の集団において不足状態を示す人がほとんどいない量」としており、推奨するべき摂取量が科学的根拠の不足から示せないために示されたもので、1日当たり摂取量で示されている。目標量とは、「生活習慣病予防のため、当面の目標とするべき量」で、1日の総摂取カロリーに占める比率で示されている。

 ところで、私たちは現実にどの程度の脂肪酸を摂取しているのでしょうか。これを示す明快な解答はありませんが、「国民健康・栄養調査」による食事摂取の現状から、脂肪酸の摂取状況を推計すると表7のとおりとなります。日本人が平均的に最も多く摂取している脂肪酸は一価不飽和脂肪酸(主にオレイン酸)で、次いで飽和脂肪酸、n-6系脂肪酸(主にリノール酸)、n-3系脂肪酸(主にα-リノレン酸、EPA、DHA)の順になっています。リノール酸の摂取過剰を唱える人もおられますが、この現状を見ていただければ、決してそうではないことがお分かりいただけるでしょう。

表7 日本人の脂肪酸摂取状況
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資料:厚生労働省「国民健康・栄養調査」
注:「国民健康・栄養調査」による食品摂取実態に基づき、日本植物油協会で推計したもの。

資料:厚生労働省「国民健康・栄養調査」
注:「国民健康・栄養調査」による食品摂取実態に基づき、日本植物油協会で推計したもの。

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