タイトル
4 不安定な大豆の供給事情

 世界の大豆供給がアメリカに依存していた時期には、アメリカの生産変動や政策の動向(たとえば禁輸措置)が国際市場を左右する大きい要因となっていました。したがって、ブラジルやアルゼンチンで生産が拡大することは、大豆需給を安定させる効果を有しています。にもかかわらず、大豆の国際市場は必ずしも安定した状況にはありません。
 一つには、アメリカ1カ国依存よりは改善されたとはいえ、主要供給4カ国は南北アメリカに位置しています。従って、これらの地域で異常気象が発生し、国際市場への供給量が減少するという不安定性は払拭できない状態にあります。もし、南米大陸が広域的な天候不順に見舞われた場合、ブラジル、アルゼンチンともどもその影響を一斉に受けかねない危険性があります。
 二つには、生産量に占める貿易量の割合が極めて低いという特徴があり、生産の変動が小さいものであっても、貿易市場には大きい影響を与えるという農産物共通の問題があります。大豆は、生産量に占める貿易量の比率が約30%で、他の作物に比べて高い水準にあります。しかし、このことは、70%は生産国の中で消費されることを意味しています。各国の農業政策は、まず自国の需要を充足することが重要課題とされます。したがって、仮に10%の減産があった場合、そのほとんどは貿易量に影響することとなります。10%の減産は貿易量の3分の1近くを減少させ、大豆の国際需給は一挙に逼迫感を強めることとなるでしょう。
 三つには、供給国の貿易政策の影響が大きいことです。アメリカでは、発展途上国向け輸出には輸出補助金が付与されています。これによって、アメリカの生産者は国際市場で競争できる価格で輸出することが可能になっていますが、WTO農業交渉では輸出補助金撤廃が大きい課題とされています。また、アルゼンチンは、国内で搾油し、油で輸出することを奨励するため、大豆に輸出税を賦課して大豆の輸出を抑制しています。したがって、生産が拡大することがそのまま国際市場への供給量の増加にはならないという面があります。

 これらに加え、耕地の拡大には制約があります。すでに、アメリカでは新しい耕地の拡大は困難となり、他の作物との相対的な優位性によって大豆の作付面積が決まります。一方、耕地の拡大を続けてきたブラジルでは、大豆生産の拡大がアマゾン流域の貴重な熱帯雨林を破壊しているとの批判の声が挙がっています。
 長期的にみた大豆生産は、拡大の可能性が段々と低下していくものと見込まれ、供給力の限界が訪れることが懸念されます。




5 急増する中国の需要

 これまで、大豆の国際市場の攪乱は、生産国における天候不順が大きい要素となってきましたし、今後もこれには変化はありません。最近の国際価格高騰も、アメリカの2003年産大豆が、天候不順により、前年より一挙に1,000万トン近く減産したことが引き金になり、その後、増産が見込まれていたブラジル及びアルゼンチンの2004年産大豆も、予想を下回るという情報が価格を押し上げる要因となっています。

 このような供給側の要因に加え、需要要因が加わったのが最近の価格高騰の背景にあります。世界の大豆の貿易量(輸出量又は輸入量)は長らく2000万トン台で推移してきました。このなかで、日本の輸入量は500万トン前後を維持していましたので、世界最大の輸入国でした。しかし、貿易量は1990年代半ばに3000万トンを超え、この数年で4000万トン、5000万トンを凌駕し、2002/03年には6000万トンを超しました。急ピッチな需要の増加です。
 この要因は、中国が大量の大豆を輸入し始めたことにあります。中国は世界でも有数の大豆生産国で、1990年代半ばまで輸出国に名を連ねていましたが、1996年に純輸入国に転じた後徐々に輸入量が増加し、2000年代に入り一挙に1,000万トン台の輸入をするようになりました(表1参照)。


グラフ

 発展途上国では、油の消費は人口と所得水準に影響されるとされています。中国の、出生抑制政策にもかかわらず増加する人口と経済発展に伴う所得の向上は、油の消費を一気に押し上げました。「Oil World」誌は、1997年当時中国の一人一年当たり動植物油脂の摂取量は12.3kgであったのに対し、2002年には16.4kgに増加したと推測しています。13億人の人口を前提にすれば、一人当たり消費量が1kg増加すれば、油脂の消費総量は130万トン、大豆に換算すると700万トン強になります。一人当たり4kgの増加は、2,800万トンの大豆に相当します。無論、油脂消費のすべてが大豆油になるものではありませんが、一つの目安となるものです。油脂だけではなく、畜産物消費の増加は飼料原料である大豆ミールの需要を増加させます。これら要因が重なって中国の大豆輸入量は、2000年に1,000万トン、2003年には2000万トンを超え、今年も2,000万トンを超えると見込まれています。世界の大豆貿易量の3分の1を中国が購入するという状態になったのです(図4参照)。


グラフ


6 当面続くと予想される大豆需給の逼迫感

  世界の大豆需給は、供給が天候により変動しやすく、作付面積の拡大にも一定の限界がある中で、需要の増加という新たな構造問題を背負うことになりました。
 食料の需要には下方硬直性、つまり、一度増加した需要は低下しにくいという特徴があります。中国における需要の急増は、中国へ大豆油や大豆ミールの輸出をもくろむ国の需要を増加させることにもつながります。中国が自国の大豆生産を拡大できれば問題の解消につながりますが、工業化を目指す中国で農業生産が増加することは期待しがたいと見込まれます。
中国にとどまらず、所得が向上し、油脂の需要が増加する可能性を有した発展途上国は数多くあります。このような事情を考慮すれば、いま生じている大豆需給の逼迫と価格の高騰という現象は一過性のものではなく、今後も構造的に続くものであると見込まれます。無論、主要国の生産回復に伴って需給が若干緩和されることがあるでしょうが、低価格でふんだんに大豆を購入できる以前のような状態に戻ることは期待できないと見込まれます。私たちは、価格の上昇だけではなく、大豆の輸入自体が確保できるかどうかという問題にも直面することになるかもしれません。
 ところで、いま大豆で生じている現象は、近い将来、他のすべての食料にも生じうる問題でもあります。海外に食料供給の多くを依存している日本にとって、大豆の需給問題は、将来生じうる食料問題のテストケースであることを認識しておくことが必要なのではないでしょうか。
PREVMENUNEXT