'70に作られた「長寿レシピ」
さて、日本が現在のような長寿大国になったのは戦後のことです。戦前の日本は世界ランキングの末尾から数えたほうが早いくらいの短命国でした。戦前の日本人の食卓には動物性食品と油脂が極端に不足しており、短命であった理由もそこにあると考えられます。それでは日本がどのように長寿国への道を歩んだのか、栄養との関係で説明しましょう。

●欧米を上回る長寿化をもたらしたもの

カロリー摂取を依然として米に頼っていた'50年代まで、日本で死因のトップは脳卒中でした。これが'60年代以降、急速に減少します。脳卒中は不十分な栄養状態で多くみられる疾病です。日本では'60年代以降動物性食品と油脂の摂取量が大幅に増加しており、これが脳卒中の減少に貢献したものとみられます。
一方欧米では脳卒中はいちはやく低い水準に達していたものの、そのかわりに心臓病が増加し、結果として平均寿命は伸び悩んでいました。日本も動物性食品と油脂の摂取増加によって欧米と同じ推移を見せると思いきや、脳卒中の代わりに増えるはずの心臓病があまり増えませんでした。「脳卒中は減ったが、心臓病は増えない」、これこそ日本を世界一の長寿国に押し上げた理由にほかなりません。

●理想的な栄養摂取バランスの「長寿のレシピ」
■図表3 アメリカのエネルギー比の現状と目標(1977)
資料:U.S.Senate Select Committee on Nutrition and Human Needs:Dietary Goals for the United States 2nd ed..Government Printing Office.Washington D.C..1977

 では日本と欧米の違いをもたらしたものは何だったのか、それは日本のユニークな食生活にあったと私は考えています。「肉や乳製品が増えて食事が欧米化したのであれば、日本独自の食生活はなくなったのではないか」との疑問も浮かびそうですが、確かに欧米に近づいた部分があるのは間違いないものの、欧米と全く同じになったわけではないのです。
 これを数値的に見ると、まず大きな違いは1日の総カロリー摂取量。アメリカでは20世紀初め頃から3,000kcal以上というカロリー過剰状態にありました。ところが日本は現在でもほぼ2,000kcal、実に明治時代とそれほど違わない数字を保っています。
 もう1つは栄養のバランスの違い。欧米は動物性食品と植物性食品のバランスが非常に悪く、動物性食品に大きく偏っています。これによって脂肪の摂取量も高く、総カロリー摂取量の25%に抑えたい脂肪の割合が20年ほど前のアメリカでは実に42%。また脂肪の質を脂肪酸比率でみたときも、飽和脂肪酸(肉などに多い)、モノ不飽和脂肪酸(オリーブオイルや肉の脂身に多い)、ポリ不飽和脂肪酸(植物油や魚油に多い)の比率がおよそ「1:1:1」であるべきところがおよそ「2:3:1」で、ポリ不飽和脂肪酸が非常に少ない状態でした(図表3)。これに対して日本は、総カロリーに占める脂肪の割合も、脂肪酸比率も、ほぼ理想どおりの数値なのです。
 つまり、戦後動物性食品を多く摂るようになったものの、日本ではそれだけを食べるようにはなりませんでした。米離れと言われつつも米飯は相変わらず中心にあり、肉や魚を植物油を使って調理した主菜、野菜を使った副菜、植物性のたん白質や脂肪の源である大豆製品(味噌、豆腐、納豆など)、海藻などを組み合わせて食べ、牛乳もよく飲むといった、和洋折衷の「新・日本型食生活」とでもいうべき新しい食生活が築かれたのです。それは期せずして、現代の欧米が目標とする栄養バランスそのものでした。どうしてそんなにうまく理想どおりのバランスにとどまったのかは神のみぞ知るところですが、「新・日本型食生活」がまごうことなき「長寿のレシピ」であることは、最初にご紹介した長寿の方々の健康ぶりをみても明らかです。

●現シルバー世代こそ「長寿のレシピ」の立て役者
この理想的な食生活が完成するのは'60年から'70年代にかけてです。'80年代以降は飽食が進んだと言われる現在まで栄養状況はそれほど大きくは変化せず、理想値の前後で推移しています。そして、この食生活の変革期であった時代に30~40代で社会を動かしていた世代が現在の70~80代、いわゆるシルバー世代なのです。例えば現在70代の女性はこの時期30~40代の子育て期であり、子供のために毎日栄養に気を配った食事づくりを行っていたことでしょう。言ってみれば、現シルバー世代は世界に誇る「長寿のレシピ」づくりの立て役者であり、この世代が作ったおふくろの味が日本の長寿を支えてきたのです。
■図表4 栄養素等摂取量の推移(昭和21年=100)  資料:厚生省「平成11年国民栄養調査」
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