アメリカニューヨーク市のトランス酸規制について
日米の食生活と植物油使用形態の差異

 最も注目するべきことは、何故、レストランで供給される食事だけを規制しているのかということです。

 まず、NY市の居住者が摂取するカロリーの1/3がレストランで供給されていること、トランス酸摂取の40%がレストランなどで供給される揚げ物に由来しているという食生活実態にも注目し、最も規制しやすい対象を選定したものと推測できます。

 次に、食用油の使用実態が、日本とは大きく異なっていることが挙げられます。アメリカのスーパーマーケットで植物油を探すと、日本でおなじみのボトル製品とともに大きい缶入りの油が目に付きます。その中身は、水素添加によって固形化した植物油で、この油が家庭でも広く使用され、レストランでもフライ油などに多用されている実態があります。

 不飽和脂肪酸を多く含む植物油は、加熱して加工すると酸化が進みやすくなります。これを避けるため、レストランや食品製造業は、炭素の二重結合部分に水素を添加(飽和脂肪酸に変化)した油を多用することを常としています。また、水素添加した油で揚げた食品は独特の食感を有しています。

 アメリカのレストランで提供されるフライは、口の中が切れるのではないかと思うほどのパリパリ感があります。日本人の嗜好に合うとは言い難いこの食感をアメリカ人は好みます。したがって、家庭用に販売される油まで規制することは、個人の嗜好を奪うということになりかねません。

 アメリカ人のトランス酸摂取量が異常に多いのは、水素添加された植物油がごく普通に使用されていることによるもので、それが多用されているレストランを規制対象とすることが有効と考えられたのだと理解できます。


●トランス酸摂取機会の日米比較

 オイルワールド誌によれば、2004/05年の国民一人1年当たりの油の供給数量は、次のとおり推計されています。



【 図4 アメリカと日本の一人当たり油脂消費量(2004/05年) 】

アメリカと日本の一人当たり油脂消費量(2004/05年)


 アメリカ人は日本人の2倍以上の植物油、3倍のバター、そして前述したとおり4倍以上の牛肉を消費していることになります。また、正確な統計はありませんが、アメリカで水素添加される植物油の数量は少なくとも200万トン以上と言われています(アメリカ大豆協会品質会議講演者の推測値)。

 これに対し、日本は15万トン程度ですから、アメリカは天然、水素添加の如何に関わらずトランス酸を摂取する機会が格段に多いことになります。

 日本の食品安全委員会は、「アメリカ人の平均的なトランス酸摂取量は1人1日当たり5.8グラム、日本人は1.56グラム」と推計され、したがって、「日本人の摂取水準は、現時点でトランス酸摂取による健康リスクを懸念するレベルにはない。」との見解を示されています。この摂取量の差異は、これまで述べました日米の食習慣の相違、現実に摂取されている量的概念、利用されている油の違いなどを反映したものと考えます。

PREVMENUNEXT