3)環境への姿勢を語る大豆油インキ

■省石油資源の考えから、アメリカで誕生
 化粧品や医薬品の原料などとして、植物油には食品以外にも多様な用途があります。その中で最近注目を集めているのが、大豆油インキです。もともとは、印刷用インキに含まれる石油系の有機溶剤を減らそうという狙いで開発されたもので、誕生の時期と場所はオイルショックに見舞われた時代のアメリカ。環境保護庁(EPA)の揮発性有機化合物(VOCs)規制に対応した脱石油系溶剤として植物油の利用が検討され、溶剤としての適性とアメリカ国内の農業振興の両面 から、大豆油が選定されたという経緯をもっています。
 もっともインキ中の溶剤すべてが大豆油に代替されているわけではなく、印刷様式(オフセット印刷、活版印刷等)に合わせた一定の比率で大豆油が配合されているものが、大豆油インキと呼ばれています。現在のアメリカでは、カラー新聞インキの8~9割が大豆油インキであるほど使用量 が伸びています。

■日本でも、新聞の印刷から
 一般の印刷用インキに比べ、乾燥速度が極端に遅かったり発色性に偏りがあったりという特性のある大豆油インキ。カラー写 真の再現性に厳密さが要求される印刷や、製本などの加工が必要となる書籍やパンフレットの印刷などには使いにくいというマイナス点があります。反面 、従来の新聞印刷用インキより揮発成分が少なく、新聞用としては発色が鮮やかであるということから、日本でもまず新聞印刷用のインキとして導入されました。
 導入以降、新聞印刷用大豆油インキの使用量は新聞のカラー化とともに増え、現在ではカラー新聞インキ年間需要の約3分の1を占めるまでになっています。
 しかし、もともと日本国内では生産されていなかったこともあって、新聞印刷以外の印刷領域にはなかなか広まりませんでした。

■環境配慮型として、需要が増大中
 日本国内でこの大豆油インキが新聞印刷以外に使われ始めたのは、7~8年前からのことだといわれています。今回の記事を作る際にお話を伺った大日本印刷株式会社の吉田氏によると、「当社が一般 用のオフセット印刷に初めて大豆油インキを使ったのは、1993年。印刷を発注された企業から大豆油インキを指定されて」とのこと。印刷を発注した企業の「少しでも環境への負荷の低いものを使いたい」という希望に従ってインキを探したところ、当時国内に大豆油インキを生産しているメーカーはなく、アメリカから空輸した大豆油インキを使用。インキ自体の色が日本の基準色と異なっていたため、印刷時の色調整に苦労されたことや、乾燥の遅さから通 常とはまったく別の印刷スケジュールを組まなければならなかったことが印象に残っているとか。
 この「少しでも環境への負荷の低いもの」として大豆油インキが使われたというところに、現在の大豆油インキ需要増大の始まりがあったように思われます。たしかに揮発性物質が少ないということ以外にも、大豆油インキには「印刷物をリサイクルするときに脱墨(漂白)しやすい」といった環境配慮型の特長があります。
 しかし一般的なオフセット印刷での大豆油インキは、新聞印刷の場合のようにそれまでのインキを越える機能性を備えているわけではなく、改善されつつあるとはいえ乾燥が遅かったり、国内生産になったとはいえまだまだコストも高かったりすることも事実です。
 そのような特性を理解した上で、印刷を発注する人や企業の姿勢として大豆油インキを指定する。そんなケースが増えているのです。
 1997年に地球温暖化防止京都会議(COP3)が開かれた際には、NGOが独自に出したニュースレターの中に再生紙と大豆油インキを使ったものが登場。1998年には雑誌「エスクァイア日本版」の臨時増刊がビジュアル系ムック誌では初めてといわれる再生紙と大豆油インキの組み合わせで発売。
 そして今年、大手家電メーカーが製品カタログやチラシ、ポスターなど、すべての広告印刷物への大豆油インキ採用を決定。
 印刷物の中には、「この印刷物は大豆油インキで印刷しています」とわかりやすく表示してあるものもあります。その表示に込められているのは、すこしでも環境への負荷を減らしたいという想いです。この環境への想いを支えるものとして、大豆油インキへの需要が増大しているのです。
(取材協力:大日本印刷株式会社 商印事業部生産本部 吉田稔彦氏・赤坂隆之氏)
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