第33回 植物油栄養懇話会

時間栄養学の現状と社会実装

広島大学大学院医系科学研究科公衆衛生学・准教授 田原 優

田原 優

時間栄養学とは
 本講演では、概日時計(ここでは体内時計と呼ぶ)の概念を取り入れた栄養学である、「時間栄養学(chrono-nutrition)」について、研究進歩の現状と社会実装への取り組み事例を概説した。体内時計は光や睡眠のみならず、食事のタイミングやホルモン、神経活動によって調整され、食物の吸収・代謝・排泄、精神健康、ウェルビーイングにまで影響を及ぼす。よって、規則正しい食生活の重要性は、体内時計やその本質である時計遺伝子の研究から科学的に説明することができる。また、疫学的には、夜勤等による不規則な生活習慣が、肥満、高血圧、糖尿病、循環器系疾患などに繋がることが明らかになっている。時間栄養学は、食・栄養による体内時計の調節と共に、体内時計の機能に合った食べるタイミングを考慮することで、健康・ウェルビーイングに資する食習慣を提案する学問である。

食品成分による体内時計調節
 これまでに、培養線維芽細胞、マウスでの化学発光による体内時計の可視化手法から、カフェインやノビレチン、生薬成分(柴胡、猪苓)などが体内時計調節作用を持つことを明らかにしてきた。また、マウスを用いた解析からは、炭水化物-インスリン-末梢時計、たんぱく質・アミノ酸-IGF-1-末梢時計などの経路も見えてきた。さらに、EPA/DHA、カカオポリフェノール、L-オルニチン、短鎖脂肪酸などがGLP-1などのインクレチンを介してインスリン機能を高めることで、末梢時計の調節を強めることも分かってきた。一方で、植物油や脂肪酸による体内時計調節機能はまだ調べる余地があり、今後の研究展開が待たれるだろう。

栄養疫学によるエビデンスの蓄積
 体内時計を調節し得る食品成分が数多く探索され、特許も既に多数公開されているが、その多くは細胞実験に留まり、臨床応用には至っていない現実もある。理由として、臨床研究における体内時計計測の難しさ、時間栄養学的なプロトコルが確立していないことが挙げられる。それらの障壁を緩和する手段として、栄養疫学的な研究エビデンスの創出を目指してきた。AI食事管理アプリ「あすけん」の利用者データを用いた解析では、数千人規模の食事データを解析してきた。その結果、早寝・早起きな朝型生活を送る人は、夜型な生活を送る人に比べ、カリウム、マグネシウム、葉酸、食物繊維などの健康に良い栄養素を多く摂っていることが分かった。また、魚介類の摂取は平均して朝食<昼食<夕食の順に多く摂取していることが分かったが、特に朝食における魚介類の摂取が朝型な睡眠習慣と強く関連していた。これらは横断研究であり因果関係は明らかではないが、睡眠習慣と食習慣の関連が少しずつ明らかになりつつある。

時間に基づくプレシジョン栄養への展開
 今後の研究展開として、「時間」の個人差に着目した個別化栄養学(プレシジョン栄養学)を紹介した。1日、1週間、1ヶ月、1年という時間、朝型・夜型といった体内時計の個性、ライフステージによる変化、これら時間を基軸にした個別化栄養学研究を進めていくにあたり、ビッグデータの取得、AIによる予測アルゴリズムの構築だけでなく、層別化した確かな解析結果の蓄積も必要だと考えている。

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