第30回 植物油栄養懇話会

1.「α-リノレン酸再考~管理栄養士養成施設教員の視点から~」尚絅学院大学・准教授 木村 ふみ子

木村 ふみ子

 α-リノレン酸(18:3n-3)はリノール酸(18:2n-6)と同様に食事からの摂取を必要とする必須脂肪酸である。α-リノレン酸を多くふくむ食品としてえごま油やあまに油がよく知られており、成分表によると構成脂肪酸全体のうちα-リノレン酸はえごま油の61.3%、あまに油の59.5%をしめている。また、日本で日常的に使われるキャノーラ油(なたね油)に8.1%、大豆油に6.6%ふくまれるので、一般的な食生活ではα-リノレン酸は日常的に摂取できるとされる。一方、これらの油やその原料以外にα-リノレン酸を豊富に含む食品は、チアシードやくるみといった一部の食品であり、様々な食材に広く分布している栄養素ではない。

α-リノレン酸再考~管理栄養士養成施設教員の視点から~

α-リノレン酸は生体内での代謝転換をうけ最終的にドコサヘキサエン酸(DHA, 22:6n-3)として利用される。DHAやその前駆体のエイコサペンエタン酸(EPA, 20:5n-3)は魚介類に豊富にふくまれる。栄養素としてα-リノレン酸、EPA、DHAを分けて考える必要性を示す明確な根拠はなく、食事摂取基準ではn-3系脂肪酸としてひとまとめにされている。これまで日本では魚介類を摂取し、なたね油や大豆油を調理に使用し、大豆の摂取頻度が高いためn-3系脂肪酸の不足は問題にならないと言われてきた。実際、血液や母乳などに含まれるDHA量を測定すると、魚食習慣の少ない諸外国と比べ日本人で高い。演者らが測定した日本人の胎盤組織の脂肪酸組成でもDHAの組成比は、同様の条件で測定したとされる他国の報告と比べても高かった。このような背景や、日本人にn-3系脂肪酸の欠乏症状がみられないため、日本人の食事摂取基準での摂取の目安量は、現在の日本人のn-3系脂肪酸摂取量の中央値に基づき設定している。

α-リノレン酸再考~管理栄養士養成施設教員の視点から~

 しかし昨今の社会事情から日本人の魚介類摂取量は減少している。国民健康・栄養調査(旧: 国民栄養調査)によると一日あたりの日本の魚介類摂取量平均値は2000年ころまでは95 g前後で推移していたが、2018年には65.1gと約2/3まで減少した。さらにデータの詳細をみると魚介類摂取量は中央値が平均値の半分程度と、他の食品群とは異なり分布の偏りが顕著である。特に40代以下の若い年齢層は平均値と中央値との乖離が大きく、摂取量自体も低い。この結果、国民健康・栄養調査の摂取量の中央値から推定されるn-3系脂肪酸摂取の目安量は2005年から年々減少しており、特にn-3系脂肪酸の要求量が高まるとされる妊婦では2005年に2.1gだったが、2020年では1.6gと約3/4まで減少している。このように魚介類由来のEPA、DHAの摂取量が減少している背景から、n-3系脂肪酸供給源としてα-リノレン酸について関心が持たれる。そこでα-リノレン酸からのDHA合成に関する知見を再考していきたい。

 生体に存在するn-3系脂肪酸のほとんどを占めるDHAは網膜や大脳の細胞膜に多く分布し、脳神経系の正常な働きに必須である。α-リノレン酸は動物の生体内で代謝転換され、最終的にはDHAになる。ヒトでのn-3系脂肪酸の必須性は1980年代にα-リノレン酸を含まないコーン油を油脂源とした経管栄養を受けた少女に神経症状が生じ、大豆油の投与で軽快した報告などにより見出された。その後の研究から、特に短期間に脳神経系が発育する胎児や乳児でDHAの要求量が大きいことが指摘され、魚食習慣のない欧米でも妊娠・授乳期に魚介類を摂取することが推奨されている。なぜ、α-リノレン酸を含む油脂ではなくDHAが豊富な魚介類が推奨されるだろうか。その根拠の一つにα-リノレン酸からのDHAの生合成が不十分とする指摘がある。例えば、ヒトへDHAを投与すると血中DHAの上昇が報告されるが、α-リノレン酸を投与しても代謝物であるDHAは血中では有意な上昇が観察されない。しかし、DHA源としてのα-リノレン酸の有用性を否定する考え方は、α-リノレン酸の必須性を報告した初期の研究成果と矛盾する。実際、安定同位体を使った試験では女性の場合は摂取したα-リノレン酸の9%はDHAまで変換されるという報告もある。ヒトを対象とした研究は、ほとんどの場合で採取できる試料は血液に限定され、体組成に影響する食事の介入を長期的に行うのも難しい。エビデンスレベルが高いとはいえ、ヒトでの介入試験によって脂肪酸の過不足を推定するには高い障壁があることは考慮すべきであろう。

α-リノレン酸再考~管理栄養士養成施設教員の視点から~

 研究結果を直接外挿できるわけではないが、組織中の変動を推定するには、ラット等を用いた動物試験の成果も参考になる。ラットでは投与されたα-リノレン酸の6.0%がDHAとして蓄積したとする論文がある。演者らの動物試験でも、α-リノレン酸欠乏食群の仔ラットのリン脂質DHAは対照の大豆油食群より脳で2/3、その他組織で1/3まで減少した。これらの報告は、少なくともラットにおいてはα-リノレン酸はDHAより代謝効率が悪いものの、n-3系脂肪酸源とされていることを示している。

 演者は現在、管理栄養士養成施設で食品学を教えている。よく宣伝されているDHAに比べ入学時にα-リノレン酸について知っている学生は少ない。カリキュラムの関係から、脂質関係にさける時間はごくわずかであり、脂質の構造、必要量、よく含まれる食品や酸化しやすい脂肪酸など通り一編の解説にとどまっているのが現状である。臨床現場の栄養士からは、患者の油脂と健康に対する関心は高いが、個々の油脂の具体的な特徴を理解してもらうのは難しいと聞いている。α-リノレン酸は生体組織内にはほとんど存在せず、明確な生理機能もないこともあり、専門に研究されている方々には常識でも、一般の方にはイメージしづらいと感ずることも多い。日頃から丁寧な情報提供を続けていくのが重要であろう。

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