第28回 植物油栄養懇話会

2.アスリートにおける免疫機能と感染予防 国立スポーツ科学センター 清水和弘

清水和弘

 アスリートはより高い競技パフォーマンスを獲得するために、日常的に激しい運動が求められている。しかし、過剰な負荷で長時間・高頻度の運動を実施すると、競技パフォーマンスの低下や慢性的な疲労が誘発されるだけでなく、上気道感染症(風邪やインフルエンザ等の感冒)への罹患リスクが高くなる。日常のトレーニングや試合に万全な体調で臨むためには、上気道感染症の回避は必須であり、早い段階で予防策を講じる必要がある。また、感染症は個人だけの問題ではなく、他の選手やサポートスタッフにも感染し、蔓延することでチーム全体の競技パフォーマンスの低下を招くおそれがあり、サポートスタッフの体調管理や感染対策、感染者の隔離措置も重要である。

アスリートにおける免疫機能と感染予防

 分泌型免疫グロブリンA(secretory immunoglobulin A:SIgA)は粘膜免疫(バリア機能)の主体であり、唾液や鼻汁等の分泌液に存在して病原体の侵入阻止や毒素の中和を行う。唾液中のSIgAの低下で上気道感染リスクが高まるとことがわかっている。唾液SIgAは高強度運動で低下し、運動時間が長くなるほど回復に時間が必要となる。さらに高強度運動の継続で唾液SIgAの低下状態が続く。他にも高地滞在や脱水を伴う減量、無月経、長距離移動によって唾液SIgAが低下するため、アスリートは免疫機能が低下しやすい環境に置かれていることがわかる。
 簡便な方法としてSIgAの低下と関連する主観的なサインを紹介する。①いつもより疲れが残っている、②いつもより寝つきや寝起きが悪い、③水を飲んでも口の渇きを感じる、このようなときはバリア機能の低下が疑われ、感染対策を講じることでリスク低下に繋がる。
 感染対策として、まずは病原体を体に入れないことが重要である。人混みを避けることや不用意に周囲の物を触らないこと、目や鼻や口等の粘膜を触らないことが挙げられる。手洗いでは特に指先や爪の間、指の間等は洗い残しが多い場所のため念入りに洗うことが勧められる。粘膜の乾燥はバリア機能の低下に繋がるため、マスクや水分補給による粘膜の保湿も重要である。部屋の湿度低下でウイルスが含まれた飛沫が乾燥して軽くなり、より遠くに運ばれてしまうため、湿度を高めること(60%ほど)も重要である。

アスリートにおける免疫機能と感染予防

 低下した免疫機能を回復することは可能であり、マッサージや鍼治療、入浴等はSIgAを高める効果がある。自身が“心地よい”と感じること(副交感神経が優位になる)が重要であり、リラックスや笑うことも良い。
 トレーニングの強度や実施時間を通常よりも減らすことは免疫機能の回復に繋がる。また、持久性運動は抵抗性運動よりも免疫機能を低下させやすいため、免疫低下のサインを感じた際は、長距離ランニングから高強度でも短距離の内容に変更することやウェイトトレーニングに変更する等、免疫機能の低下抑制や回復を意識することで感染リスクの低下に繋がる。
 ビタミンAやビタミンDはSIgAの合成や調整に関わることから日常の不足が生じないように心がける。乳酸菌のSIgA増強効果も注目されている。植物油由来のアラキドン酸による上気道感染リスクの低下やパルミチン酸によるSIgA産生亢進が報告されている。
 どのような時に免疫機能は低下しやすく、どのような人は免疫機能が低いのか、免疫低下が生じた際にどのようなサインがあるのか、サインを感じたときにどのような対策を行えばよいのか、日頃何に気をつければいいのか、これらの情報を把握して実践することで感染のリスクを下げることができる。今回紹介したポイントをできることから少しずつでも実行することで、大事な場面を万全な体調で臨むことができると考える。

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