第28回 植物油栄養懇話会

コレステロ-ルと免疫 東北大学大学院農学研究科食品化学分野 戸田雅子

戸田雅子

 コレステロールは免疫系に様々な作用機構を介して影響を及す。免疫系は自然免疫と獲得免疫から構成されている。自然免疫において中心的な役割を担うのはマクロファージや樹状細胞である。これらの細胞は微生物関連分子や宿主由来の内因性分子、また食品由来分子により活性化され獲得免疫系を活性化する機能を持つ。高コレステロール血症におけるマクロファージの泡沫化や炎症の誘導機構はよく知られている。酸化型の低比重リポ蛋白質(low density lipoprotein; LDL)が血管壁に沈着すると、マクロファージはスキャベンジャー受容体によりこれを取り込み胞沫化する。また、酸化型LDLは細胞表面上のトル様受容体4(Toll like receptor 4; TLR4)やスカベンジャー受容体CD36と結合する。これらの受容体を介したシグナル伝達は炎症反応を惹起し、さらに細胞内におけるコレステロール蓄積を増幅し胞沫化を促進する。TLR4は病原体の構成成分を認識する受容体であり、自然免疫系において第一線の防御を担う。すなわちある程度のコレステロールはおそらく感染症に対する免疫反応の誘導に有益となるが、蓄積が進むとアテローム性動脈硬化症および肥満を含む慢性代謝炎症に関連する疾患を悪化させる。

コレステロ-ルと免疫

 コレステロ-ルは免疫代謝「Immunometabolism」においても重要な分子である。免疫代謝は免疫系と生物の代謝過程の動的クロストークである。獲得免疫系において中心的役割を果たすT細胞において、免疫代謝が如何に細胞機能に影響を及すかが明らかになってきている。癌細胞やウイルス感染細胞の排除に重要な役割を果たすCD8陽性T細胞においては、細胞内におけるコレステロ-ル合成が細胞の早期活性化に重要であること、そのためCD8陽性T細胞の培養系へコレステロ-ルを添加すると細胞活性化が亢進することが報告されている [Yang W et al. Nature 2016](図1)。一方、多くの癌組織では癌細胞の代謝亢進のためにコレステロール濃度が高く、癌組織に浸潤するCD8陽性T細胞のコレステロール濃度も高いこと、このCD8陽性T細胞には抑制性受容体PD-1が高発現していること、そのために癌組織は免疫抑制環境となっていることが報告されている[Ma X et al. Cell Metab. 2019]。コレステロール合成阻害剤シンバスタチンの腫瘍部位への投与により、PD-1発現T細胞を減少させることができ、腫瘍サイズを減少させることもマウスモデルで示されている。以上のことはコレステロール濃度の制御により腫瘍免疫を増強できる可能性を示す。

コレステロ-ルと免疫

 CD8陽性T細胞と共に獲得免疫系において重要な役割を果たすのがCD4陽性T細胞である。CD4陽性T細胞はエフェクターT細胞(Th1、 Th2、 Th17細胞)と制御性T細胞に大別される。このうち、細菌感染防御に関わるTh17細胞の分化は酸化コレステロールにより促進される。酸化コレステロールはTh17細胞分化を誘導するマスター転写因子RORガンマの活性化に必要である(図2A)。また我々は酸化コレステロールが樹状細胞の分化を誘導することを見いだしている(図2B)。このように、コレステロールや酸化コレステロールは免疫系の維持に重要であるが、過剰に存在する場合には炎症反応が促進する。一方、ある種の植物油脂にはコレステロール低下作用があることが示唆されている。これらの知見は植物油脂による生体の代謝制御が免疫応答の制御につながる可能性を示しており、今後のさらなる研究が期待される分野である。

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