第29回 植物油栄養懇話会

「肥満しやすさに果たす油脂の役割」大阪府立大学総合リハビリテーション学研究科 松村 成暢 先生

松村 成暢

 トロや霜降り肉、ケーキなどに代表されるように油脂は食品のおいしさを著しく向上させる。油脂は栄養素としては最高のカロリー源である。心臓や筋肉など持久的な活動のエネルギー源となる。そして、油脂に含まれる必須脂肪酸や脂溶性ビタミンも動物にとって欠かすことができないものである。現代社会では異常なことと捉えられがちだが、油脂を多く含む食品を積極的に摂取するという行為は動物にとっては非常に利にかなった行動なのである。動物は油脂のおいしさを手掛かりに油脂を多く含む食品を選択している。しかしながら、他の5基本味と異なり、ヒトは油脂そのものの味を強くはっきりと感じることができないため、油脂のおいしさについて科学的なアプローチはほとんど進んでいなかった。

○油脂は味細胞を興奮させる
 油脂に味はあるのか?という問題には未だに論争がある。近年、我々の研究グループではマウスの舌にある味細胞に脂肪酸受容体CD36 (FEBS Lett. 1997 Sep 8;414(2):461-4)およびGPR120 (Biomed Res. 2007 Feb;28(1):49-55)が発現していることを報告した。味細胞とは舌の上で味物質を受容し、脳へと伝達する細胞である。このことは油脂が他の味質(甘味、うま味、酸味、塩味、苦味)と同様に受容体を介して味細胞を刺激し、おいしさを生み出す可能性を示唆している。近年、ヒト味細胞にもこれらの脂肪酸受容体が発現していることが報告されていることから、油を多く含む食品のおいしさは味細胞の刺激による可能性が考えられる。

肥満しやすさに果たす油脂の役割

肥満しやすさに果たす油脂の役割

○油脂のおいしさと肥満
 マウスに100%の油脂を与えるとすぐによってきて舐め始める。マウスにとって油脂はごちそうなのである。また、単に摂取量が多いのみならず、マウスは油脂に対して非常に強い執着行動を見せる。さらに油脂は脳内でドーパミンやエンドルフィンなど快感を引き起こす物質を増大させることも明らかとなっている。つまり、油脂のおいしさは快感を引き起こすのである。ヒトにおいても過食とドーパミンの関連は報告されており、ヒトは快感を求めて油脂に病みつきになり肥満してしまうのである。
また、油脂のおいしさの感じ方の違い、つまり少量の油脂でおいしさを充分に感じられるヒトは肥満しにくく、少量の油脂ではおいしさが物足りないと感じるヒトは肥満しやすくなるという報告がある(reviewed in Prog Lipid Res. 2016 Jul;63:41-9)。油脂のおいしさの感じ方は味細胞における脂肪酸受容体の発現量とドーパミンニューロンなどの脳の応答性に起因すると予想される。

肥満しやすさに果たす油脂の役割

 油脂のおいしさは時に肥満を招くが、油脂を多く含む食品を好むヒトが誰しも肥満しているわけではない。我々の身体には元々過剰な油脂摂取を抑制する機能が備わっており、食べ過ぎると必ず次の日は食欲が低下する。これが健常な状態であり、油脂を過剰摂取し肥満してしまうのは、この摂食抑制機能になんらかの不調があると予想される。近年、我々はこの摂食抑制機能に影響を及ぼす因子の一つとしてストレスを見出した(Physiol Behav. 2019 May 15;204:112-120)。マウスに軽度のストレスを負荷すると1日あたりの油脂の摂取量が増加し、重度に肥満するのである。ヒトにおいてもストレスは油脂のおいしさと代謝に影響を与えているのではないだろうか。

 油脂のおいしさは万人に共通の感覚であるにもかかわらず、細部にはまだ不明の点が多く残されており、いまだに発展中の研究分野である。油脂のおいしさはヒトを幸せにするが時に肥満を招き、現代社会ではこれが大きな問題となっている。しかしながら、油脂を控えると食品のおいしさが損なわれることはQOLの低下につながる。この問題の解決に向けて、油脂のおいしさを楽しみながら健康を保つ方法の探索こそが我々の今後の研究課題である。

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