第29回 植物油栄養懇話会

「スポーツ栄養と油」滋賀県立大学 人間文化学部 生活栄養学科 東田 一彦

東田 一彦

 スポーツ選手にとって、栄養とは試合の勝敗を左右するだけでなく、トレーニング期の体づくりに重要であることはよく認知されている。エネルギー産生栄養素のうち、糖質は運動時のエネルギー源として古くから研究が進んでおり、試合前の摂取タイミング、試合後リカバリーに必要な摂取量や、糖質の種類・濃度と吸収速度などの研究が行われている。また、たんぱく質は骨格筋の材料となるため、体づくりの観点から多くのエビデンスが蓄積されている。これらについては、練習時間や運動強度毎に摂取すべき推奨量が示されている。
 一方、脂質は重要な栄養素の一つであるにもかかわらず、スポーツ選手にとっては体脂肪の増加引き起こす悪役として認識されていことが多い。さらに、糖質やたんぱく質と比べても、脂質摂取に関するスポーツ栄養分野での研究は限られている。国内外で出版されているスポーツ栄養学のテキストにおいても、脂質摂取についての記載は非常に少ないのが現状である。しかしながら、近年になって脂質が有する生理機能や脂肪酸組成に着目した研究が増えてきており、スポーツ栄養学における脂質研究が新たな展開を見せている。
 一つ目の例は、脂質が有するインスリン分泌促進機能である。一日に数試合を実施する競技では、低下した筋グリコーゲンの速やかな回復が必要となる。これまでに、運動後の筋グリコーゲンの回復に関しては、糖質の種類や濃度、摂取タイミングに関して多くの知見が蓄積されているが、脂質に着目した研究は行われていなかった。近年発表された研究では、グリコーゲンの材料となる糖質と一緒に脂質を含む飲料(当該研究では牛乳を使用)を摂取することで、インスリン分泌が高まることが報告された(丸山ら.日本スポーツ栄養学研究誌.2018)。このように、筋グリコーゲン回復を促進するツールとしての脂質の利用可能性が示されている。
 スポーツ選手をとした研究では、除脂肪量(骨格筋量)維持に関する成果も報告されている。脂肪酸鎖が短い中鎖脂肪酸は、エネルギーとして利用されやすい特性をもつことが知られている。大学生レスリング選手を対象にした研究では、中鎖脂肪酸を摂取した群では、長鎖脂肪酸を摂取した群と比較して、骨格筋量の減少が抑制されたことが示されている(野坂ら.日本臨床栄養学会雑誌.2011)。このように、脂質摂取イコール体脂肪の増加ではなく、摂取する脂肪酸の特性によっては骨格筋量の維持においても有効な可能性がある。
 このように、食事に含まれる脂質は、エネルギー源としてだけではなく、筋グリコーゲンの回復や骨格筋量維持など、これまでは脂質摂取との関連が検討されてこなかった分野においても知見が増加しており、今後のさらなる発展が期待される。

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