一般社団法人 日本植物油協会 社団法人日本植物油協会は、日本で植物油を生産している企業で構成している非営利の業界団体です。

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油にちなむ地名

日本には「油」という字が使われている地名がたくさんあります。それらの地名には、なぜ油の文字が使われているのでしょうか。
日本地名研究所事務局長の金子欣三さんに、油にちなんだ地名についてお話を伺いました。

油の生産や販売にちなんだ地名が多い

油のつく地名の由来は次のように大きく3つに分類できます。

(1)灯用や食用の油の生産に関係した地名
(2)油の販売に関係した地名
(3)油を流したような静かな海湾を示す地名

たとえば、福岡県の油山は油を生産したところ。東京の油堀川や、京都や名古屋にある油屋町は、油の販売にちなんだ地名です。油を流したように静かな海湾の代表格は、神奈川県の油壷です。壷という字も「壷型の入り江」のことで、これもいつも静かなところを意味しています。油壷という地名の由来としては、荒井城攻防戦で三浦一族が北条早雲に滅ぼされたときに一族が流した血が湾内に浮かび、その血の油から名づけられたという説がありますが、歴史をからめると話が面白いので後にそう言われるようになったのではないでしょうか。

とはいえ、油のつく地名がすべてこれら3つに分類されるというわけではなく、由来が不明な地名も数多く存在します。

日本地名研究所事務局長の金子欣三さん

日本地名研究所事務局長の金子欣三さん

油面、油免という地名の意味

油面(あぶらめん)とか油免という土地の名前も各地に見うけられます。東京都の目黒区にも油面があるほか、日本地名研究所がある川崎市にも油面という地名が3カ所もあります。

これらの地名にある「油」は、寺院の灯明用の油を意味しています。では、「面」や「免」は何を意味しているのでしょうか。「面」も「免」も、実は年貢(税金)の免除を意味しています。面は、免除の免が転じたもの。これらの名前の土地では、税として納めるべき作物をお金に換えて、寺社への寄進など特定の使い道にあてることが許されました。そのことを、“税の免除”という意味で土地の名前としたのです。もっとも、税が免除されているといっても、手元に残るお金は年貢を納めた場合と同じです。

東京都目黒区にある油面では、作物を売ったお金を灯明用として増上寺やその流れをくむ祐天寺に納めていました。川崎市の3つの油面は、いずれも王禅寺の灯明用に使われた土地です。

荏原や荏田も植物油にまつわる地名

古来、日本の植物油は胡麻油と荏胡麻油(えごまあぶら・荏の油と言いました)が中心でした。縄文・弥生の時代から両者とも使われていたようです。食用としては胡麻油が中心でした。荏の油は香りの面であまりよくないので、用途は主として灯明用で、ほかに雨合羽や雨傘などの渋油(しぶあぶら)としても使われるようになりました。

そんな背景があるために、古くからの地名には荏ごまの荏という字が使われているところがあります。荏原(えばら)や荏田(えだ)などがその例。平安初期の倭名抄(わみょうしょう)という百科事典には、荏原郡という地名が出てきます。現在の東京都南西部を示した郡の名前です。おそらく、荏ごまが野生化して生い茂っていた一帯でしょう。ほかにも、椿という文字が使われている地名は、椿油に由来している可能性があります。

油という文字をはじめ、荏や椿という文字が使われている地名に思い当たることはありませんか。ひょっとしたら、植物油に由来した地名かもしれません。それだけ植物油が、日本人になじみの深い存在だったというわけです。

全国の油にちなんだ地名

油堀川(あぶらぼりがわ・東京都江東区)

江東区佐賀町にあった、大川(隅田川)に入る堀の名前です。昭和50年に首都高速9号線のために埋め立てられました。歴史資料には「元ここに油を鬻(ひさ)ぐ者多く住して油の置き場とせし故かく名とせり」と書かれています。佐賀町に油問屋の会所があったために、この名前が付けられました。

首都高速道路下の油堀川公園

首都高速道路下の油堀川公園

油壷(あぶらつぼ・神奈川県三浦市)

三浦半島南西端の三浦市小網代(こあじろ)にある、油壷湾とその周辺の景勝地です。油壷湾は、幅100m~150mで奥行き700mのリアス式海岸の入江。湾内が油を流したように静かなところから、この地名になりました。

穏やかな入り江を擁する油壺

穏やかな入り江を擁する油壺

油坂峠(あぶらざかとうげ・福井県、岐阜県)

福井県大野郡和泉村の東市布と岐阜県白鳥町向小駄良(むこうこだら)の間にある、標高800mの峠。岐阜県側からこの峠に登るときの勾配があまりにも急なので、旅人が脂汗を流しながら登ったことから、この名前がついたそうです。また、信長が一向一揆を征伐したときに、油のような流血で道が滑って歩けなかったからとも伝えられています。

画像提供:国土交通省 中部地方整備局 岐阜国道事務所

御番所付近の旧道跡

御番所付近の旧道跡

御油(ごゆ・愛知県豊川市)

音羽川流域に位置する、東海道五十三次の35番目の宿場町です。江戸時代には、付近の赤坂や吉田とともに歓楽地でした。地名の語源は、油を製造する人がいて、御所へたびたび献納したことからと言われています。

画像提供:豊川市役所

御油宿の町並み

御油宿の町並み

油山(あぶらやま・福岡県福岡市)

福岡市南部にある標高597mの山です。地名は奈良時代の聖武天皇の時代に、清賀(せいが)上人がごまをつくって油を絞り(椿油という説も)、糸島郡のお寺に灯用の油を送ったために名づけられたと伝えられています。

画像提供:福岡市城南区役所

城南学園通りから見た油山

城南学園通りから見た油山

  • 【 参考資料|
  • 『角川日本地名大辞典』(角川書店)/『日本歴史地名体系』(平凡社)