タイトル
◆ 商品の安全、消費者の安心、そして安定供給こそ第一の使命

― 植物油業界が大きな転換点を迎えた時期の会長就任ですが、まず、抱負を聞かせてください。

秋谷 日本植物油協会は、「消費者の皆様に安心いただける、安全な商品を、安定的に供給していく」という植物油製造企業の基本使命が十分に果たせるような土俵づくりに取り組んでいくことが第一の使命と考えています。消費者の皆様には苦言を呈するようで申し訳ありませんが、高度成長期を通じて食料は潤沢にあるもので、いつでも手に入れることができるとの錯覚が形成されてきました。
 政府の統計で見ると、供給カロリーと消費カロリーに300Kcalぐらいの差が生じています。この差のすべてを無駄と断言するものではありませんが、潤沢にあるという錯覚が無駄を生じる結果となっていることは否めないと思います。この1年間に、穀物など食料の国際価格が高騰し、入手困難になるおそれさえありますが、そのことが国全体の認識とはなっていないことを危惧しています。絶えず変化する国際市場において、商社の皆様方のご協力を得て、消費者の皆様方に「油断」状態が生じることがないように、わたしどもが安定供給に努めていることを強調いたしたいと思います。
 食の安全という問題も、BSEの発生を機に急速に関心が高まっていますが、どこまで正確な認識がされているか疑問を抱いています。私ども植物油業界では、過去の忌まわしい経験を踏まえ、安全な商品の供給を絶えず考慮してきました。いわば、業界のDNAとして継承されていると言ってもいいでしょう。そして、このことが、消費者の皆様に「植物油は安全」という安心感をご提供してきたと確信しています。
 したがいまして、第一の抱負は、このようにして先達が築いてこられた信頼を継続できるよう、「安全・安心・安定供給」の“3安”を植物油業界と日本植物油協会の基本に据えていこうと考えています。

― その抱負を現実化するための協会の活動はどうあるべきでしょうか?

秋谷 業界団体に共通する課題だと思いますが、何よりも、消費者の皆様と植物油業界との架け橋として適切な情報を適時に発信をしていかなければなりません。そのためには、消費者の皆様がほんとうにお求めになる良い情報を迅速に発信できるだけのセンスがある協会になっていく必要があります。
 また、植物油業界全体が、お客様の満足度の向上に向けて経営者・従業員が一丸となって取り組むような業界になって欲しいと考えています。もとより、会員各社は良きライバルでありますから、市場で力を出し切って悔いのない競争をすることが、お客様の満足度を高め、業界の発展をもたらす基本です。日本植物油協会は、会員各社が、透明性の高い競争を発揮できるような環境を作っていくことに努力しなければなりません。
 一方、安全性や表示の問題に関しては行政との関わりも重要な要素になります。関係する省庁ともフランクな意見・情報の交換が行えるような体制にしていかなければなりません。


◆ 植物油業界の構造再編は必須の流れ

― 植物油業界は、2つのグループの合併が実現することになりました。業界の枠を超えて社会的に注目されています。このような合併は、どのような考え方が背景にあるのでしょうか?

秋谷 大豆や菜種の搾油を主とした会員企業の合併により、7月1日に2つの新会社が同時にスタートするということから各方面の注目を集めているようです。同時期ということで、国のご指導や協会の働きかけがあったのではないかとの誤解もあるようですが、そうではないことを申し上げておきます。私ども植物油製造企業は、同じ市場環境・国際環境の中でそれぞれ経営努力をしているわけですから、将来の発展を考えると同じような結論に達することは不思議ではありません。

― 市場環境・国際環境について詳しく教えてください。

秋谷 植物油、特に大豆油・菜種油について国際競争が非常に激しいものになっています。一方、国内では先ほど申し上げた“3安”を実現していくという使命があります。
 日本の植物油製造業は、原料こそ海外に依存していますが、日本の消費者の皆様に喜ばれる商品を、私どもの手で製造し、お届けしたいと願っています。しかし、世界では、メジャーと呼ばれる一握りの巨大な多国籍資本が市場制覇を巡って厳しい競争を展開し、既に南北アメリカ、ヨーロッパの市場を支配し、中国へも巨額の投資を行っております。現在日本では、植物油に輸入関税がかけられておりますが、WTO貿易交渉の中でその引き下げは避けて通れない問題であり、私どもにとって、今後これらメジャーとどうやって闘って生き残っていくかということが深刻な課題になっています。この問題は、これまでの各社ごとの努力で克服することは不可能であるという危機感が、期せずして各社を動かしたということです。
 余談になりますが、世界の植物油業界が参加している国際搾油業者協会(IASC)という国際団体があり、私どももその一員となっています。この会合には、数年前までは各国独自の植物油業界の代表が出席していましたが、最近では、アジア以外の代表の多くはいずれかのメジャーに帰属している人達になり、まるでメジャーの同窓会のような様相を呈しています。それだけメジャーの世界市場制覇が進展しているという証です。

― 植物油業界にとって国際化とはどういうものですか?

秋谷 植物油業界に限らず日本の食品産業は主として国内市場を指向し、海外との競争を関税などの国境措置で護られることを当然としてきた経緯があります。私どもにとりましても、国際問題とは関税の死守であると考える時期もありました。無論、内外の製造条件の格差を考慮すると最低限の関税が必要であると考えていますが、徐々に低下せざるを得ないということを現実問題としてとらえ、その中でどう体力をつけるか、どういう戦略を打つかということが国際化への対応だと考えています。
 単なるコスト競争力ということでは、日本の植物油業界は限界に突き当たっています。大豆や菜種の搾油は莫大な設備投資を必要とする装置産業であり、高い稼働率がコスト削減に必須の要件です。しかし、日本の植物油業界の装置は建設以来かなりの期間を経過していますので、減価償却も進み、稼働率を上げればコストが下がるという経済原則が働かなくなってきました。また、装置自体が国内の植物油需要に比較して過剰気味で、過当競争に陥る構造にありました。これらの実態を踏まえて、市場に見合った健全な業界規模にしようという意識が期せずして働いた面もあります。合併を機会に、単なるコスト競争から脱却して、これからの市場の需要に応えるきめ細かい商品づくりなどを推進して、国際競争の荒波に立ち向かって行きたいと考えます。


◆ 高付加価値商品の開発で市場の活性化

― 安定供給ということでは、最近、植物油の原材料である大豆価格の高騰が問題になりました。その要因のひとつに、中国の需要増があげられています。中国の穀物需要は長期的に増加すると予測されていますので、需給逼迫の状態は今後も続くということでしょうか?


秋谷 大きなトレンドとしては続くと思います。国が近代国家に成長すると、穀物の消費量が増えると言われていますが、中国の生活水準がこれからも上がっていくのは確かで、それに伴って食糧輸入が増加していくことは避けられないだろうと見ています。中国だけではなく、インドも控えています。とはいえ、中国でも行き過ぎた需要に対する是正が始まっていますので、世界の大豆貿易量6,000万トンのうち2,000万トンを短期間で買ってしまうような無茶は続かないのではないでしょうか。ただし、油断はできません。菜種、ごま、とうもろこしなどでも、大豆以上の大問題になる可能性がないとはいえません。

― 植物油価格の安定ということについて、業界あるいは協会としては、どのように取り組んでいくのでしょうか?

秋谷 植物油の供給量が絶対的に足りなくなるというようなことはありませんが、価格についてはぎりぎりのところまできています。大豆や菜種価格の高騰によって、これらの油の原価率が業界全体で8割位になっています。これが7割を切るくらいだと、ある程度ゆとりをもった経営ができるのですが、企業の努力で1割のコスト引き下げをはかるのは難しい状況です。
 海外に原材料を依存しているわけですから、原材料費が上がったら、ある程度は商品価格に反映していくということについて市場の理解を求めていく努力をする必要があります。これとともに、技術力を高めて、例えば健康志向油のような原材料の相場に左右されない付加価値の高い商品開発を進めて、通常の植物油と合わせた総合コストで安定供給する体制をつくることが必要だと考えます。

― 植物油の原材料は、こめ油以外はほとんど輸入に頼っているということをほとんどの消費者は知らないでしょう。スーパーでサラダ油を買うときに、その原材料が大部分輸入品であるという認識はないと思いますし、まして、いま話された原価率8割などという事情は全く知られていません。こういう基本的なことについて、消費者の理解を得ていくということが協会として必要ではありませんか?

秋谷 確かにそういうことについての努力は、まだまだ足りないと思います。食料の自給率問題は国の政策も関係しますが、そういった背景も含めて健全な議論が行われるように、基本的な情報を発信していかなければなりません。


◆ 安全・安心を一層向上させるために

―「安全・安心」について、今までの業界の取り組みや今後強化・研究していくべき点などについて、どのように考えていますか?

秋谷 植物油という食品の性格上、生鮮食品などとは同列に論じられませんが、口に入れるものである以上、「安全・安心」は業界にとって最重要の課題のひとつであることは冒頭に述べたとおりです。会員企業の大部分はISO 9000や14000シリーズを取得していますので、まずはそのレベルで実績をきちんと積み重ねていくことが大切です。また、残留農薬問題には特に注意しています。産地の農薬事情についての情報収集に努めるとともに、大豆や菜種の生産者協会との定期的な交流を通じて、適正な農薬使用を呼びかけています。商社とも協力して、新年度のクロップについての代表的な原材料をサンプリングする農薬残留分析調査を過去20年余に渡って実施していますが、これらの努力は厚生労働省からも高く評価されています。農薬残留規制はさらに強化されると思いますが、このような地道な努力を今後も継続していきたいと考えています。

― トレーサビリティについては、どのように取り組んでいますか?

秋谷 植物油原料の場合、国内の生鮮食料品と同じレベルで生産者や農場を特定するということは大変難しいことです。しかし、原材料の受け入れと製造については完全に記録されており、何時、どのラインで、どういうふうに搾油し、最終商品として出荷したとかという情報は完全にトレースできるようになっています。今後も、これら情報の精度を高めていく努力が必要です。

― 食の安全・安心ということでは、遺伝子組替え作物について消費者の皆様に漠然とした不安がありますが、これについてはどのように考えますか?

秋谷 10年ほど前に生産国から遺伝子組替え技術について問題が提起されて以来、日本植物油協会は真剣に議論を繰り返してきました。今後も、消費者の皆様を含めて長期的に議論していくべきテーマと考えています。

― 原材料の国際需給が長期的に逼迫するという予想を考えると、遺伝子組替え技術はその解決策のひとつではないのでしょうか?

秋谷 農地面積の拡大が限界に近づいている中で、長期的な食料生産技術として遺伝子組換え技術は最も有力な解決策の一つであると思います。もちろん、新しい技術には必ず不安がつきまとうということは十分に理解しています。世界各国で権威ある研究機関が、安全性についてさまざまな角度から審査を行っているのも、その不安を払拭するためであると理解しています。そのような厳密な審査の結果、食品として利用することに問題はないという判断が下されることがまず、第一に必要なことです。

― 例えば納豆などは、「遺伝子組換え大豆は使っていません」などと大きく表示してあるが、植物油にはありませんね?


秋谷 植物油は製造工程でたんぱく質を完全に取り除きますから、品質的には、遺伝子組換え原料でなくても、使用していても全く同等であり、その区別はできません。政府はその点も含めて安全性を認めており、植物油については表示をしておりません。


◆ 個人的なことですが!

― 会長の個人的なことですが、趣味を教えてください。

秋谷 趣味は音楽で、特に生演奏が好きですね。年に何回かは大きなクラシックコンサートに行きますが、小さなライブハウスのようなところにもよく顔を出します。ハードロックはちょっと遠慮しますが、クラシックだけでなく、ジャズ、演歌、宝塚でも、うまい演奏を生で楽しんでいます。
MENUNEXT