第31回 植物油栄養懇話会

「植物油とジェロサイエンス研究」

〜健康長寿をめざすPUFAと腸内細菌代謝物のお話〜

国立長寿医療研究センター研究所 ジェロサイエンス研究センター・センター長 名古屋大学大学院医学系研究科 老化基礎科学連携講座・教授 丸山 光生

木村 ふみ子

植物油に関して長年、研鑽を積んだ経験もない健康寿命の延伸と高齢者が元気に活躍できる健康長寿社会の実現をめざす基礎老化研究者がこのような懇話会でお話をする機会をいただけたことに心から感謝します。

我が国の百寿者は60年程前の1963年には150人程度でしたが、2022年にはその数は9万人を超えました。少子高齢化が進む中、総人口は減少傾向が続く一方で、65歳以上の高齢者の数も年々目覚ましく増加し、65歳時の平均余命では女性では2人に1人が90歳まで、16人に1人は100歳まで長生きする時代になりました。こうした地球規模で進む高齢化社会においてはヒトの老化だけではなく、老化に伴って起こる様々な疾患を予防し、克服することが重要です。そのためにはまず「老化のしくみ」について積み重ねられてきたエビデンスに基づく研究の成果を社会実装していくことがとても大きな意味を持ちます。そして、老化をコントロールすることにより高齢者が苦しむ多くの疾患から身を守ることに役立てようという概念でジェロサイエンス研究が生まれました。 今につながる老化研究の歴史はそれほど長くはなく、我々の寿命が飛躍的に伸びた20 世紀以降と時期は重なります。その黎明期より様々な老化の要因、兆候が明らかにされてきた中で高齢者一人ひとりがカロリーを制限することに加えて、適切な栄養を摂取することが、まず、寿命を制御することのできる方法であることが明らかにされました。その後、老化プロセスの解明が進む中で身体活動全般の代謝系、生体防御系を制御する上でも適切な栄養の摂取が必須とされ、結果として老化関連疾患に罹るリスクを減らして生活の質を改善し、健康寿命を延伸させると考えられるようになりました。今回、皆さんにお話できたことはこれまで私たちが取り組んできた経口で摂取できる素材を中心とした動物実験レベルの介入試験において、腸内細菌叢の変化や炎症抑制、生体防御系にみられる変化を俯瞰しつつ、生体内のエネルギーバランスの制御についての知見をいくつか紹介できたかと考えています。

脂肪酸の質の制御と⽣活習慣病− 脂肪酸伸⻑酵素Elovl6の研究から −

脂肪酸の質の制御と⽣活習慣病− 脂肪酸伸⻑酵素Elovl6の研究から −

腸管局所における炎症抑制効果を期待したプレバイオティクスを老齢マウスに長期投与した結果では腸管粘膜上皮のみならず、全身を循環する末梢血においても炎症性サイトカインが抑制され、腸内細菌叢の変化によって糞便中の代謝産物にも若齢対照マウスに似た組成が見られました。またNILS-LSAと呼ばれる国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究のコホート研究から、老化関連疾患の一つである認知症とPUFAの摂取との相関を解析し、PUFAと老化との関連を紹介しました。具体的には、認知症の既往や認知機能障害の疑いがない60-89歳の愛知県大府市、東浦町の地域住民男女810名を対象に、2008~2010年の多価不飽和脂肪酸の摂取量と2年間の局所脳体積の変化量を縦断的に調査しました。その結果、欧米とは異なり、食事からのDHAやEPA、ARAの摂取量が多い日本で、これらの摂取量と脳体積の変化に着目し、多価不飽和脂肪酸であるDHA、EPAおよびARAの摂取は、加齢に伴う局所脳体積の減少を抑制し、高齢者の脳の健康の維持につながる可能性を紹介できました。

脂肪酸の質の制御と⽣活習慣病− 脂肪酸伸⻑酵素Elovl6の研究から −

一方で、さらなるPUFAが老化と関わるメカニズムについては、例えば、必須脂肪酸である、リノール酸の過剰な摂取は、炎症促進に寄与しますが、正常な腸内細菌を維持することで、リノール酸由来の腸内細菌代謝物に変換することで、生体内のエネルギー代謝のバランスを制御していると考えられています。
すなわち、後半でも話しましたが、栄養摂取と腸内環境、それに関わる宿主のエネルギー代謝の3要素が互いに相関する関係で老化の根幹とも言える慢性炎症を亢進や抑制のバランスを制御しているのではないかと考え、いずれにせよ今後PUFAを含めた植物油とジェロサイエンス研究は健康寿命の延伸に深く関わる成果を上げていくと確信しています。

PREVMENU