第31回 植物油栄養懇話会

「妊娠期におけるオメガ3脂肪酸の役割と摂取の必要性」

女子栄養大学・教授 川端輝江

橋本 道男

 オメガ6系のリノール酸(LA)とオメガ3系のα-リノレン酸(LNA)はヒト体内に取り込まれると、鎖長延長、不飽和化により、LAからはアラキドン酸(ARA)、LNAからはエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)が合成される(図)。ARAやEPA、DHA等の長鎖多価不飽和脂肪酸(LCPUFA)は、細胞膜の流動性を高め、脂質メディエーターとして炎症反応に広く関与する他、転写因子のリガンドとして各種の体内代謝を調節している。LCPUFAの中でも、オメガ3LCPUFAであるEPAやDHAは、心血管疾患や脂質異常症等の生活習慣病リスクの低下にはたらくとされる。

魚類のDHA合成経路の改変:植物油を用いた飼餌料で肉食性海産魚の養殖は可能か?

LCPUFA代謝における男女の違い

 オメガ3LCPUFAを体内に取り込む上で、EPAやDHAを豊富に含む魚介類摂取は欠かすことができない。しかし、日本人の魚介類摂取量が減少傾向にある中、植物油由来のLNAからEPA、DHAへの体内代謝による獲得方法も重要となってきている。LNAからEPA・DHAへの体内代謝活性は、男性より女性で高いとされる。標識LNAを被験者に摂取させ、その後血漿中に現れたEPA、DHA濃度を測定した研究では、LNAからEPAへの変換率は男性で8%、女性で21%、LNAからDHAへの変換率は男性では検出せず(0%に限りなく近い)、女性で9%であり、明らかに女性被験者の変換率が高値であった。女性ホルモンであるエストロゲンが代謝変換を高めることに関与していると考えられている。女性におけるこのような高いLCPUFA合成能力は、妊娠中および授乳期における胎児および新生児のDHAに対する要求を満たすために必要とされている。

妊娠期におけるオメガ3脂肪酸摂取の重要性

 妊娠期間中、LCPUFAは胎盤の成長と機能維持にはたらき、また、LCPUFAから誘導される脂質メディエーターは、子宮収縮の調節・分娩の誘発に重要な働きを持っている。妊娠期間中、母から児へ移行したLCPUFAは、脂肪組織、さらには、脳や網膜の細胞膜リン脂質に蓄積される。コクランレビュー(2018年)では、妊娠期間中のオメガ3LCPUFA補給(サプリメントまたは食品として)によって、児のアウトカムに効果が見られたこととして、在胎日数の延長、早産児や低出生体重児発生率の低下等を挙げている。海外の出生コホート研究においても、妊娠中期の母体血漿中オメガ6に対してオメガ3LCPUFAが高いほど、胎児の成長速度が高値となり、さらには、出生体重および妊娠期間との間に正の関連があったことが示されている。また、英国の調査において、妊娠期間中の魚摂取量の多い母親から生まれた子どもでは、精神・発達評価が適正であった者の割合が高いことが報告されている。このように、母親のオメガ3LCPUFAの摂取は、妊娠期の胎児の成長・発達を中心として、母児に対してさまざまな好影響を及ぼすものと考えられる。

妊娠期における脂肪酸代謝酵素遺伝子多型と血中LCPUFA

魚類のDHA合成経路の改変:植物油を用いた飼餌料で肉食性海産魚の養殖は可能か?

 著者らは、出生コホート研究である「胎児期に始まる子どもの健康と発達に関する調査:Chiba Study of Mother and Children’s Health (C-MACH)」において、妊娠期間中(妊娠初期、後期、分娩時)の母体血脂肪酸組成、分娩時に採取した臍帯血の脂肪酸組成の分析を実施した。その結果、初期から後期にかけて、母体血中ARAやDHA等のLCPUFA組成は有意に減少した。さらに、臍帯血中のLCPUFAは母体血に比べて高値を示しており、妊娠後半期には、母から児へ胎盤を介したLCPUFA移行が高まっている可能性が示された。本研究では、母親の脂肪酸代謝酵素遺伝子多型 (FADS1;rs174547,T/C)も解析した。FADS1は⊿5不飽和化酵素をコードする遺伝子であり(図参照)、日本人ではTT型を持つ者は約40%、TC型は約45%、CC型は約15%存在する。先行研究より、TT型に対してCC型では、LAやLNAからのLCPUFA代謝変換が低いことが明らかとなっている。著者らの結果(表)では、オメガ6LCPUFAであるARAにおいては、いずれの妊娠期においても遺伝子型との関連が強く表れていた。一方、オメガ3LCPUFAであるDHAにおいては、妊娠後期と分娩時においてのみ遺伝子型との関連が明らかとなり、脂肪酸代謝酵素遺伝子多型の影響は、エストロゲン分泌が増加する妊娠後期以降に検出される可能性が高いことが示された。(Nutrients. 2023 Jan 31;15(3):722. doi: 10.3390/nu15030722.
 これらの結果は、妊娠後半期以降におけるLNAからEPA、DHAへの代謝変換の重要性、さらには、妊娠女性の血中LCPUFA組成を高めておく上でのオメガ3脂肪酸摂取の必要性を示したものと考えている。

MENUNEXT